りんご嫌いの、ひねた子

とりわけ重要な象徴のひとつ
りんごが悪魔の実なんて、と彼は言った。それほどおいしくもないじゃないか、あんなものと。僕はべつにりんごの肩を持つわけではないけれど、きらいでもないし、どちらかと言えばりんごはおいしいと思っていたからなにも言わなかった。

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自分の中の水分を出す

僕は日本語が苦手だ。なにも考えずに書くと、しょっちゅう「てにをは」を間違えるし、よく的はずれな修飾語がでてきて文章を混乱させる。さらに言うと(自分の文章だからどれだけ言ってもいいので安心だ)、よく主語を抜いたままで話をすすめてしまうし、述語が適切でないこともおうおうにしてある。一度書いた文章を見なおすと、かならず5ヵ所はなんらかの間違いがあって、そしてそれを修正してもまだ数十ヶ所は僕の気付いていない間違いがあるような気がする。

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自分の意思で動かなくなる時計

-彼が嫌な人間だなあと言うと、彼女はうん知ってると言う
『ねえ本当にいま生きているのは君がいたからだよ、と言われた。なにがあったのかはおぼえてない。なにがあったんだろうと訊くが答えはかえってこない。俺はいやな人間だなあと言うと、彼女はうん知ってると言った。』これが彼の言いたかったことの全てだ。そしてここからはじまるのは、彼が以上のことを伝えるまでの話だ。

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可能性のない世界で橋の上を歩くこと

それなりに頑丈な、世界ができたときからあるような構造物
その橋の上を歩いていると、川に飛び込んでしまう気がした。その橋は通路がせまかったが、子どもが二人並んで歩くくらいにはなんともなかった。なにかのバラエティ番組に出てくるほど古びているわけでなく、とくに高所にあるわけでもない。

打ちっぱなしのコンクリートで作られたその橋は、世界ができたときからあったような顔をして川の上をとおっていた。その両脇に高さ40cmくらいの錆びた何かがあった。手すりだった。あまりに低すぎて、手すりとして機能しているところは見たことがないが、それなりに頑丈な構造物にみえた。それでも小学校を卒業するまでそこを渡るときは常におそるおそる渡った。

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今日はもう仕事をしたくないような良い天気ですね


あいさつは言葉を省略してできている、と子どもの頃に教えられた。
おはよう、こんにちは、こんばんは。
おはやくお出かけですね、今日(こんにち)は暑いですね、今晩はお忙しくありませんか。

そういうのを思い出すと単純でものぐさの僕は、なんで定型句はこんなに便利なんだろう。ふだん意味なんて考えやしないけど、文明の利器だなあなんて簡単に思ってしまう。

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手にとって確かめられる種類のもの

僕は車に乗っていると傲慢になってしまうことを説明する
実家の自動車を手放すことになった。乗る人がいなくなれば、乗られるものはいらなくなる。数えてみると3台もあった。本当にいらないのか、と叔父は僕にたずねる。
ええ、もう必要ないです、もともと車はあまり好きじゃないから。僕は答える。
それでも、と叔父は言う。広島に車が一台くらいあってもいいじゃないか、それにここは田舎だしたまに帰ったときに車がないとなにかと不便だろう、と。そもそもなんで車が好きじゃないんだ、説得してみろ。

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酋長になるということ

その日は何人かで運動をしたあと、汗を流すために温泉へ行った。急に決まったことであったので都合がつかない者もいてけっきょく3人でいくことになった。一人が車を出して、温泉へ向かう。
そこにはいろんなタイプの湯があり、外には露天風呂があった。めいめい体を洗い、おのおの好きな湯に入る。一息ついたところでまた一緒になって、せっかくだからということでみんなで露天風呂に向かう。
もう冬に近づいており、湯に浸かって暖まった体もすぐに冷める。幸い人がいないので、みんなゆったりと湯に浸かった。普段は他愛のない話しかしないのだけれど、そのときは一日中いっしょにいたせいか、それとも深い湯気のせいかそれぞれが普段考えていることを話すようになった。

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