酋長になるということ

その日は何人かで運動をしたあと、汗を流すために温泉へ行った。急に決まったことであったので都合がつかない者もいてけっきょく3人でいくことになった。一人が車を出して、温泉へ向かう。
そこにはいろんなタイプの湯があり、外には露天風呂があった。めいめい体を洗い、おのおの好きな湯に入る。一息ついたところでまた一緒になって、せっかくだからということでみんなで露天風呂に向かう。
もう冬に近づいており、湯に浸かって暖まった体もすぐに冷める。幸い人がいないので、みんなゆったりと湯に浸かった。普段は他愛のない話しかしないのだけれど、そのときは一日中いっしょにいたせいか、それとも深い湯気のせいかそれぞれが普段考えていることを話すようになった。
そのうち彼は言う。普段なら絶対に言わないことを口に出す。俺はいろんな人に嫌われて否定されてもいいから、肯定してくれる人が少しでいいからいてほしい。僕は訊く。少しってどれくらいなんですか。
彼は答える。100人に大嫌い死んじまえって言われてもいいから、1人から肯定されたい。もう一人が言う。それじゃめちゃくちゃ肯定されてるじゃないっすか。100人に1人だと、全世界で6000万人ですよ。
彼はその邪気のない発言に笑った。それじゃロックスターになれる、と笑いながら彼は言う。話はそこで終わり、すこし空を見てみんなで月が見えることを確認する。

僕は月を見ながら、100万人に1人しか肯定されなくても6000人は肯定してくれる人がいると頭の中で計算した。そしてそれでいいじゃないか、とおもう。6000人が認めてくれるならいい世界じゃないか。酋長くらいにはなれるじゃないか。



彼はいまだにロックスターを目指しているのかもしれない。
ただ僕はそのことが起こって以来、酋長でいいやと思っている。以前より自分が思ったように行動するようになった。100万人のうち99万9999人には嫌われてもいいから。そして自分が思ったことを口に出して、できるだけ行うようにした。100万人の中の1人のために。