優秀なる彼の、人生の幅

自分の人生の幅が見えた、と彼は言った。


彼はとても優秀だった。とても優秀であり、すこし孤立していた。彼はそういう種類の優秀さの持ち主だった。「はば?」と僕は訊く。そう、幅、と彼は答える。


『俺は自分が、一般的に見て優秀で、有能であると知っている。だけど俺の優秀さは2流のものなんだ。俺は本当の天才をみたことがある。大学にいたときによく一緒にいて、何年か話すようになってやっと打ち明けてくれた。「実は僕は天才なんだ」って。彼はその気になれば、どんな競技でも人並み以上にやれた。人並みどころか、いともたやすく、プロ以上になれた。俺が囲碁を教えると、その日の3局目で俺に勝ち始めるようになり、2ヵ月後に正真正銘のプロと打って勝った。』


それはすごい、と僕はとても間の抜けたあいづちを打つ。嘘みたいだ、と。彼は中学生のときから囲碁をたしなんでおり、とても強いと聴いたことがある。


『嘘じゃない。現実に存在する、実体をもった人間だ。』彼はしょうがないというニュアンスで僕のあいづちに付き合い、さらに言葉をつづける。


『そういう人間を見て俺は、自分が持っている能力は、どの分野においても彼には通用しないと感じた。たしかにお金を稼ぐのは俺のほうがうまいかもしれない。でも彼がその気になれば、俺なんか本当にあっという間に抜けるんだ。俺はどんなに失敗しても、一般的に見て、残念な結果をのこすことはないとおもう。だけどどんなに成功しても、彼のようにはなれない。そういうものが見えて、なんだか終わりが見えちゃったんだ。自分の人生の幅が分かってしまった。優秀なる俺の人生の上限は、天才なる彼の人生の下限を越えられない。』


彼は感情をおもてに出さずに話をするので、なにを感じているのか分からない。僕は自分の ―彼よりも数段劣った― 人生の幅を考えてみた。たしかにある程度の終わりがみえた。


しかし、それは思っていたよりも心地がいいものだったので、僕はすこし安心した。そして穏やかに、皮肉にならないよう気をつけて、「優秀だと大変だね」と言うと、彼がフフンと楽しそうに鼻を鳴らした。